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メダル物語 medal story 山元 加津子

 この物語はスノウメダルと勇者のメダルの物語の抜粋です。

 モナの森を東へと越え、大きな川や険しい山、どこまでも続くかと思われるような砂漠のもっともっと向こうに、その国はありました。その国は、国民を何より愛する王様とお后様がいて、そして、輝くように美しく、そしてまっすぐに人を愛する心を持ったお姫様がおりました。国には美しい緑があふれ、花々が咲き乱れ、民は、喜びと感謝の歌をうたい、にこにこしながら暮らしていました。ところが、あるとき、この国に悲しい出来事が起こりました。国の誰からも愛されているお姫様が、重い病気にかかり、目をさまさなくなってしまったのです。王様もお后様も、すべての手を打ちましたが、お姫様の病気はなかなか回復しませんでした。悲しみは国を覆い、緑は輝きを失い、花も枯れ、人々からは笑顔が消えました。

 これはただ事ではない、大切な姫どころか、国の危機がおとずれたのです。国一番の力を持つという魔術師が王様に呼ばれました。「なんとかならないのか?」という王様に、魔術師は言いました。「この国は姫の病が治れば、また元気になります。姫が元気になる方法はあります。この国のはるかかなたにエルガンダという国があります。そのまたかなたにひときわ高くそびえ立つヘルアライと呼ばれる山があります。その山のどこかに、このような病気を治す書があると私は聞いております。姫の病を治し、笑顔を取り戻すには、その書を手に入れるしかありません。けれど、それは決して簡単なことではありません。そこにたどりつくまでには、数々の試練が待ち受けているでしょうし、さらに、その書はヘルアライの山に住む恐ろしい魔物が守っているという噂です」王様は自らがすぐにでも旅立ちたい気持ちがありました。けれど、病の姫とお后と民を残して出かけることは叶わないことでした。

 すぐにお触れがだされました。姫と国の危機を救うために、冒険の旅に出ようと思う者があれば、申し出てほしいというお触れでした。
 王様やお后様やお姫さまを心から愛する国の人たちではありましたが、国の外へはほとんど出たことがありません。何が待ち受けているかわからない冒険の旅に出ようというものがいるだろうか、王様が不安に思う中、7人もの若者が、旅に出たいと申し出てくれました。7人それぞれが本当に素晴らしい若者でしたが、そのことについては、いずれまた詳しい物語の中でお話させてもらいましょう。

 魔術師は7人に告げました。「冒険の旅は簡単ではない。特に、ヘルアライに棲む魔物から書を奪うことは、このままでは100度命を落としてもかなうものではないだろう」若者たちは歯をぎゅっと握りしめ、魔術師をにらむようにしていいました。
「いったい僕たちはどうしたらいいのです」魔術師の話は続きました。「エルガンダの国へ行き、伝説の魔女モナに会いなさい。そして、そこで、勇者の証となる勇者のメダルを手に入れるのです。その勇者のメダルは大きな力を持つと聞いている。それを手に入れた後に、ヘルアライの山へ向かうのです。そのメダルがあれば、きっと大切な書を手に入れることができるであろう」
 7人の若者は眠っている姫に、旅のためのお別れを言いに行きました。眠っている姫の近くに、膝を折り曲げて頭を下げ、口々に必ず書を持って帰ると誓いました。

 エルガンダに着くまでにも7人は数々の困難がありました。どこまでも続くように思える砂漠では数々の蜃気楼が7人を悩ませました。それから、蟻地獄が7人を砂の奥にひきずりこもうとしました。けわしい山は、突然、山の上から岩を降らせたりもしました。けれど、7人は決してあきらめることはありませんでした。その冒険の物
語はまた別の物語に書きましょう。
 そうして、季節も変わる頃に、ようやく7人はモナの住む森にたどりつくことができたのでした。

 7人がやってくる前に、モナの小さな小屋の中の部屋に飾られた鏡を通して、鏡の魔女がやってきて、モナに話があると言いました。「もうすぐ7人の者がやってくる。その7人は大切な使命をもって、遠い国からここへやってくる。7人が守ろうとしているものは、モナにとってもとても大切なもの。できるかぎりのことをして、7人の頼みを聞いてあげてほしいの」
 モナもまたこれまで何度も旅を繰り返してきました。そのたびにたくさんのものの温かい手を借りてきました。旅の大変さはモナもよくわかっています。モナは、できることは何でもしたいと思いました。けれど、モナは魔女と言っても、どんな魔法を使うこともできません。空を飛ぶことすらできないのです。それでも、エルガンダのみんなはモナのことをいつも「モナは素晴らしい魔女よ」と言ってくれるのです。けれども、モナには自信がないのでした。ただ疲れてたどりつくだろう7人のために、お湯をたくさん沸かして、お風呂を用意し、お茶とお菓子とそして食べ物の用意をし
ました。

 7人がたどり着いたのは、ちょうどそんな用意ができた頃でした。モナの小屋の戸がノックされ、「伝説の魔女、モナを探しています。扉を開けてください」という声が聞こえました。モナは、すぐにも戸を開けようとしましたが、モナは伝説の魔女でもなんでもないのです。魔女と呼ばれながら、魔法のひとつも使うことのできない、小さな女の子にすぎませんでした。戸を開けることをためらいました。何もできない私を知れば、みんなきっとがっかりするわ。
けれど、鏡の魔女が、じぶんのできることをしてほしいと言ったことを思い出して、戸を開けました。7人の若者は数々の困難をくぐり抜けてきたので、すっかり、衣服も靴もぼろぼろになって、疲れも見えましたが、目の奥には、大切なものを守ろうとする勇気の光が見えていました。

「伝説の魔女モナに会いたいのですが、モナにはどこに行けば会えますか?」「伝説でもなんでもなく、魔法も使えないけれど、この森に住む魔女モナと呼ばれているのは、私です」7人は驚きを隠しませんでした。なぜなら、伝説の魔女はきっと、ありとあらゆる魔法を使いこなす年齢もいくつかわからないほどの年寄りの、偉大な魔女を想像していました。けれど目の前のモナは、モナ自身が言うように、なんの力もない、小さな少女のように思えたからです。みんなの落胆ぶりに、モナも申し訳なく思いました。「ごめんなさい。エルガンダの国にモナという名前の魔女は他にはいないの」
 7人は代わる代わる自分の国のお姫様の話や、美しかった国が、今はすっかり荒れ果ててしまって、笑顔もなくなってしまった話や、魔術師から言われた話をしました。「ぼくたちはどうしてもモナに、勇者の証の勇者のメダルをもらっていかなくてはならないんだ」

モナはそのときに思いました。「あなたたちには、勇者の証なんて必要ないわ。だって、みんな勇者だもの、大好きなお姫様のために、冒険の旅に出て、数々の困難と立ち向かってここへたどり着いたみんなは、本当に素晴らしい勇者だわ。証など必要は
ないわ。あなたたちの中に、その証はほら、光っているわ」けれど、7人はうなずきませんでした。どうしても、勇者のメダルが必要だというのです。
 モナは、一緒に住んでいる犬のいちじくと、金魚のギルに向かって「どうしたらいい? 私は何もできないのに」と相談をしました。ギルは、かつて大きな冒険をしたときに、預言者のドーパに大きな力をもらったことがありました。「モナ、明日みんなでドーパーの塔に行ってみようよ。ドーパなら、きっと助けてくれるのじゃないかな?」いちじくも「僕もそう思うよ」と言いました。モナは7人に部屋に入ってもらって、お風呂や食事など、できるかぎりのもてなしをしました。そして、ドラゴンのアルに急を頼んで運んでもらったほしくさのベッドで休んでもらいました。

 朝の光が差し込んで、小鳥の歌が聞こえてくるころ、7人はすっかり元気をとりもどして、目をさましました。外にはアルのお父さんの大きな大きなドラゴンのグランノーバが、みんなを背中に乗せて、ドーパの塔へ送るために来てくれていました。7人はグランノーバのあまりの大きさに少しぎょっとしました。何しろ、歯も爪も、そして目も、あまりに大きかったからです。けれど、モナと話すグランはとても優しく、7人をそっと背中へ載せてくれました。モナといちじくとギルはアルの背中にのりました。モナの森からは、遠くに光る点にしか見えないドーパの塔が、ドラゴンの力であっという間に目の前に見えました。ドーパーの塔には、宇宙の言葉をつむぎだすドーパが住んでいます。モナが少女であるのに対して、ドーパはいったいどのくらいの年齢なのか誰もわからないほどでした。

このドーパこそ、勇者のメダルを与えてくれるに違いないと思われたのに、ドーパはモナとまったく同じことを言うのです。「おまえたちはメダルなどなくても、もうすでに勇者である。メダルは必要ないのではないか?」と。けれど、7人は決してゆずりませんでした。「大切な姫を助け国をまもるためには、どうしても、勇者のメダルが必要なのです。我々に力をくださいませんか?」モナもドーパに頼みました。
「ドーパさん、どうぞ、みんなに力をください。私は何もできなくて、アルとグランにお願いして、ここへ連れてきてもらうことしかできなかったの」
 ドーパは少し考え込んだ後、言いました。「どうやら、モナを含めて、おまえたちはみんな、おのれがおのれであることの大切さを知ることが必要なようだな」ドーパは塔の一番高いところへみんなを連れて行きました。そして、塔の高いところにある戸口から、外に出ました。あんなに天気がよかったのに、塔の上は雪が舞い降りていました。

ドーパはまずひとひらの雪を手に取り、そっと手をにぎり、また手をあけました。ドーパの手の中には不思議なことに、雪の結晶の形のままに、雪のメダル、スノウメダルが光っていました。ドーパはまた、ひとひらの雪を手にしてそれをメダルへ変えました。何度も繰り返して、スノウメダルは、人数分用意されました。「おまえたち、よく聞くがいい。このスノウメダルは私が作った物ではないよ。天がおまえたちにとメダルの形にしてくれたものだ。メダルの形はみんな違う。宇宙に同じものは、ひとつもない。これは宇宙でたったひとつのものなのだ。雪の結晶は宇宙が、風や温度などを調節して、そのひとひらの雪にとって、一番良い形にできあがる。そしておまえたちもそうなのじゃ。誰一人として、与えられたもので、無駄なものを持っているものはおらぬ。おまえたちが、おまえたちであることは、宇宙が必要として、そうなっているのだ。スノウメダルを見る度に、おまえたちが、おまえたちとして生まれてきたことの意味を知ることとなろう。そして、それがおまえたちが宇宙から愛されていることの証となろう。

ドーパにスノウメダルを最初に渡されたのはモナでした。スノウメダルを手にしたとたん、モナは体の奥から、何かがわき起こってきて、涙がとまらなくなったのです。ママの優しい顔、パパが赤ちゃんのモナをいとおしそうにのぞき込んでいる顔。友達、そして、おじいちゃん、おばあちゃん、たくさんの人たちが、モナはモナだからいいんだと教えてくれている気が確かにしたのです。そして、そうだ、魔法ができなくても、あわてんぼうで、失敗ばかりでも、私は私ができることを、毎日続けて生きていくことが大切だと、急にそういう思いがあふれて、涙がとまらなくなったのです。7人もまた、それぞれが、スノウメダルを受け取り、みんな涙をしたり、頷いたり、手を取り合って喜んだりしました。

「これが勇者のメダルなんですね」7人のひとりがしげしげとスノウメダルをみつめたときに、ドーパは「実はメダルが他にもう一種類ある」と言いました。「かつて、勇者のメダルの伝説を聞き、それをほしいとやってきたものは、一人二人ではなかった。ドーパの塔に置かれた宝箱にはその勇者のメダルが入っているという言い伝えがあるが、誰もそれを見た者はいない。なぜなら、宝箱のふたが、あかないからだ。何百年も、その箱は決して開かなかった。斬りつけたり、燃やしてみようとしたものもかつてはおったが、箱は傷つきもせず、燃えることもなく、そして開くこともなかった。言い伝えに寄れば、一番必要なときに、それは与えられるというのじゃが、はたしてそれが今だといいのじゃが」

スノウメダルのために一番上まであがった階段を今度は下へ下へと下りていきました。いつもドーパがいる部屋へ戻ったときに、以前ドーパの塔に来たときには気がつかなかった四角い扉が床にあることに気がつきました。ドーパはそこを開け、杖の先に明かりを灯し、今度は下へ下へと降りていきました。たどりついたのは、広い洞穴のような場所で、宝箱は、無造作に、真ん中に置かれてありました。これが、勇者のメダルが入っているとされる言い伝えの宝箱じゃ。誰か開けることのできる者はおらぬか?」7人の若者が次々に、宝箱を開けようとしましたが、宝箱はまるで蓋と入れ物が分かれていそうにないほど、けっして開きそうには思えないのです。

7人のひとりがうーんとうめき、涙をぼろぼろとこぼしました。「これが開かなければ、お姫様を助けることはできません。国を助けることもできません」その言葉を聞いて、7人みんなが肩を落として声をあげて泣き出しました。「ようやくここまでたどりつけたのに、我々には何もできなかったのか?」「我々を信じて送り出した王様になんと伝えたらいいのだ」みんなの悲しみはモナの心の中も悲しみでいっぱいにしました。「私は、魔女なんて言われていても何もできないんだわ。こんなに一生懸命な人たちを笑顔にすることもできない」そのときです。モナの右手にはめられた指輪が青く光り出しました。以前の旅でモナのもとにやってきて以来、ずっとはめているその指輪から出ている青い光はやがて一筋の光となりました。モナは自分でもわからないまま、右手を前にまっすぐ出すと、その光は宝箱へとのび、宝箱の中央にある青い宝石とつながったのです。

そのとたん、誰が触れたわけでもないのに、蓋が音もなく開きました。その中には、言い伝えの通り、メダルがたくさん入っていたのです。ドーパが低い声で笑いました。「まこと、不思議なことじゃて。他の魔女はなんとか道具を使って魔法を生み出そうとする。けれど、モナはそうじゃない。道具の方がモナに使われたがっておるわい」
 箱の中のメダルは、まるで意志を持った生き物のように、ぴくぴくと動き出し、箱を飛び出して、ドーパ以外のすべてのものの手にひとつひとつ飛んでいきました。7人の者にも、モナにもいちじくにも、ギルにもそして、アルにも。

「あ、姫様の顔だ」7人の一人が、声をあげました。メダルには、旅の間思い続けていた姫様の顔が刻まれていたのです。そして裏を返した7人はまた口々に声を驚きの声をあげました。そこに刻まれていたのは、自分自身だったからです。「なぜ?何百年も前からあるメダルに、姫様や僕たちの顔が映し出されているのです?」ドーパはそれはあたりまえだと言いました。「何百年前から、おまえたちがここにくることは、決められていたことなのであろう。このメダルは遙か遠くの国にある誇り高き一族が、刻んだものだと言われておる。表には、自分が守りたいと思っている姿が刻まれ、裏には自分自身が刻まれる。けれど、そのメダルは、実は誰もが心の中に持っているものじゃ。形には表れていなくても、誰もが持っているものなのじゃ」
「僕のメダルの表はモナの顔だよ」いちじくがうれしそうに言うと、ギルもアルも頷きました。「ありがとう、みんな。私のメダルの表には、みんなの顔が刻まれているわ」そこには、たくさんの仲間の顔がありました。

 「不思議だわ。スノウメダルを持ったとき、心がとても温かくなった。このメダルをにぎりしめると、本当に勇気がわいてくるみたい」
ドーパがまた笑いました。「このメダルは誰もが持っている愛を思い出させてくれるのだ。愛は優しく強いものじゃ。大切に思う者のためには、決してゆずらずに勇気を持ってつきすすもうという力を、このメダルは思い出させてくれるのじゃ」
ギルが赤い尾っぽをひらひらさせながらいいました。「メダルの中の僕の顔の近くにかかれているNの小さな文字はなんだろう?」ドーパが天を見上げて言いました。

「nerve エルガンダの言葉で勇気を表す。心と神経の奥底にしっかりとある勇気という意味じゃ。そして、このNにはもうひとつ大切な意味があるのじゃ。この国に、大昔、この上ない勇者がおった。まだ神と民が一緒に暮らしていたころのことじゃ。勇者は不思議な力を持っておった。誰もが、そのものと出会うと笑顔になった。勇者は様々な困難に出会うが、いつも笑顔でそれを乗り切った。神は、勇者に、これからは勇者としての名前を名のるがいいと伝えた。これからはどのような勇者になりたいかと尋ねたところ、勇者は、人々の笑顔を守れるものとなりたいと述べたのだ。神は、ここから遠く離れた日本という国の北の端で使われているニポポというお守りを思い出した。樺太アイヌでは、赤子が生まれると、"健やかに育つように"と小枝を切り、赤子の帯にお守りとして縫い止めた。それは"セニ・テ・ニポポ"とか"セニシテ・ニポポ"と呼ばれていた。小さな神、コロボックルの姿に似せて小枝にしたものとも言われておる。神はその勇者にこれからは"ニポポ"と名乗るようにと告げたのだ。

ニポポはたくさんの勇気をみなに与えて亡くなったが、その勇者は、そのものの望み通り、長く人々の笑顔を守りつづけた。このメダルには、勇者のイニシャルのNが刻まれている。我々すべてのものの中には、メダルを持つ、持たないにかかわらず、勇者ニポポが、我々をいつも守ってくれていることを忘れないでほしいのじゃ。おまえたちもこのメダルを握れば、愛する者を守る勇気に満たされるであろう。勇者ニポポもかならずや、おまえたちを守ってくれるであろう」7人はスノウメダルと勇者のメダルを手に、ドーパの塔を後にしました。体が大きくてドーパの塔に入れなかったグランの首にも勇者のメダルが光っていました。モナの森にもどった7人は、その後、素晴らしい冒険の旅に出しました。

ドーパはモナたちが帰ったあと、さらにひとつメダルを取りだしました。独り言をいうようにつぶやいた言葉は「このメダルは、新しい勇者のためにある。そう、この物語を読んだおまえ、そうおまえのものだ」ドーパから新しいメダルを受け取った勇者と、7人の勇者たちのその後の話はまた今度のことにいたしましょう。

モナ、いちじく、ギル、アル、ドーパなどについては「魔女・モナの物語」三五館「エルガンダの秘密」青心社をご参照ください。

もっと詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。(おはなしだいすきのページに戻る)

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